上川戸と中川戸の間の一部橋側の道路沿いにある石地蔵。通行の安全と併せて乳の祈願がなされていたという話が『千代田町史』や「農協便り」にある。また昔は遠くから小豆を供えて乳の祈願をする女性がいたという話が、近隣の方からの聞き取りとしてサイト「お地蔵さんめぐりin北広島」にある。赤いよだれ掛けがかかっており、お花が供えられて大切にされているようだ。
この場所はむかし街道が崖を通り、道は「吊り道」と言って崖に木を組んで吊り橋のように吊った難所であった。明治の初め頃、真言宗の僧が弘法大師の道を辿ってこの地を訪れ、地元の旧家である頼近・成安家に滞在して、難儀を救おうと地蔵を彫ったという。石の表面は平らでほとんど姿が分からない。
最初地蔵は江川と県道が山に迫る所の岩石の窪みに安置されていたが、荷車や馬車が使用されるようになって道が移動し、地蔵も移動した。昔の道では転落事故もあったが、不思議に大怪我をした人がいなかったのは、地蔵のおかげといって人々が感謝したという話がサイトにある。
千代田町:千代田町史 民俗編、2000、p411
千代田町農業共同組合:農協便り、No.115、昭和57年3月8日表紙
サイト「お地蔵さんめぐりin北広島」 http://www.khiro.jp/jiti/newpage30.html
写真提供:杉本武信氏(北広島町在住)
資料提供:北広島町教育委員会