杖立川のそばの丘に立つイチョウで、大きく枝を広げていて遠くからもよく目立つ。乳授けの伝承があり、チチを削って煎じ、または樹皮を削って煎じて飲むという話が県および小国町教育委員会の現地案内板と書籍『日本老樹名木天然記念樹』『樹木図説』に記載されている。
また願いがかなった人は乳房の形を布で作り、樹にぶら下げるのが習わしであったという情報が、くまもと緑・景観協働機構サイトにある。
イチョウは樹高20m、目通り幹周10.0mで、国指定天然記念物。小国町公式サイトでは樹齢1000年以上で熊本県最大のイチョウとある。古い天然記念物台帳には「名称:乳瘤」とあり、地元の人々からは「ちこぶさん」と呼ばれて親しまれたという。雌木でチチはあまり目立たない。
このイチョウには「鏡ケ池の悲恋伝説」が伝わっていて、下城商栄会の現地案内板に次の記載がある。このイチョウは、平安時代豊後の国(大分県)に流された清原正高(きよはらのまさたか)を慕って都からこの地まで来た小松女院が、ここで亡くなった乳母の記念に植えたもの。小松女院は醍醐天皇の孫にあたる女性で、少し離れた場所にある鏡ケ池に鏡を投げ入れて正高との再会を願ったのだが、その後大分に出たところで正高に妻子がいることを知り、そちらの三日月滝に身を投じたという。
一方『日本老樹名木天然記念樹』『樹木図説』の記載では、下ノ城で滝に身を投じたとある。なお清原正高は「枕草子」の清少納言の兄である。
樹の根元には五輪塔が見えるが、戦国末期の城主下城上総介経賢の母である妙栄尼の墓と伝えられている。
帝国森林会:日本老樹名木天然記念樹、大日本山林会、1962、p299
上原敬二:樹木図説 第2巻イチョウ科、加島書店、1970、p182
くまもと緑・景観協働機構サイト「下の城の銀杏」
http://kumamoto-midori.com/rojumeiboku/35/35_detail.html
写真:奥 起久子撮影(2021/5/5)